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MC-COUMOLY & DJ-KAZOOS 2008 3/1 at DNA
| LIVE | 06:27 | TB:0 | Comment:0
R.F.L初LIVE映像!
Rouge Forest Loop - X'mas LIVE at Sandpal Tottori 2007 12.24


空気が読めない司会者のおっさんのインタビューからして必見です!

| LIVE | 09:01 | TB:0 | Comment:0
本物の音楽とは得てしてどん底から這いつくばってきたものだ
[本物の音楽とは得てしてどん底から這いつくばってきたものだ]の続きを読む
| LIVE | 23:00 | TB:0 | Comment:0
ぼくはキャプテンビーフハートにはなれない
2002〜2003にかけて活動していた
KINGHEROINのLIVEディスコグラフィーを可能な限り発掘したのでそれぞれに感想を追加。

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2002 9/2

大阪新神楽

w/
Beirut5
Bullhead(in human)
R3-N7
Depth (現:mbsmd)
etc.



おそらくKingheorinとして初のライブだったと思う。
音盤集団HOUという自主レーベルを立ち上げ「VA.ショックジョン」にKingheroinと共に当時ドラムのkentaも参加していたタニヤン(現R3-N7)率いるBULLHEADも参加。
その直後にタニヤンが企画したイベントだった。
内容はもうステージも楽屋もお祭りのような感じで終始楽しかった。
Kingheroinは当時まだ持ち曲が2曲しかなかったのだが、たったそれだけを演奏。

当時の映像→Myspace

R3-N7はムロヤンがBa&Voだったし、音も今と全然違っていた。
今をときめくシーセイズのゆーさんを始めてみたのもこの日のDepthでした。
Beirutのシゲル君との交流もここから。
色んな人と新しい出会いをした一日だった。

とりあえず自分の音楽人生の第二のスタートだったといっても過言ではない。

ブログにも書いたがこの日のベストアクトは森田君とタニヤンの轟音大会。
タニヤンの足元に大量に並べられたエフェクター、最後にはギターを客に渡して弾かせるという全く意味不明なパフォーマンスが未だ脳裏に焼き付いて離れない。

その写真↓
20020902



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2002 10/3

難波ベアーズ

W/不明


出来そこないの新曲をやったらしいですがタイバンはおろか内容も全然覚えてません。
ログによるとそれまで恒例だった吉野家での打ち上げを、珍しくやらなかったらしい。(笑)

そこでタニヤンが深刻な表情で一言
「マジですか・・なんで行かなかったの?・・吉野家。」
(公式BBSログより)


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10/12 (sat) 東京 吉祥寺WARP

open 18:00 / start 18:30
adv & door / \1500

「響鳴 vol.5」
w/moonwalk
キウイロール
sequqnce pulse
etc.

随分昔からネットでの音楽友達だった東京の妙子ちゃんが企画したイベント。
東京遠征なんて何から何まで初めての体験だったのでとにかく全てが新鮮だった。
直前に急遽2曲入りのデモテープを50本作り、無料配布することにした。
moonwalkは札幌の女性Ba&Voバンドで、メンバーは
元COWPERSのBass小森さんがドラム、THE SUNのイサイ氏がGtだった。この日が解散ライブだった。
極度のCOWPERSファンだった自分は、楽屋で小森さんに話しかけ、当時の解散ラッシュの状況を色々聞いた。
「まあ(メンバー)みんな年齢が年齢だし・・音楽もそろそろやめるかな・・」

・・とは言っていたものの、
現在の皆さんの活躍ぶりはご存知の通り。
シーケンスはまだまだ出来立てのバンドという感じ。
キウイロールのステージは終始殺気立っていた。やたら前日のBBSなどで宣戦布告的な書き込みをしていた。

自分たちの演奏は、メンバー皆かなり緊張して少し堅く、100%出しきれはしなかった。

しかしこの日はwtzさん(TOXIC、EVIL SCHOOL、LESS THAN TV、元NAHT)はじめとして色々な人に逢って話せた。
個人的には打ち上げにも参加したかったが、他のメンバーが帰りたがったので断念。
現在、妙子ちゃん行方不明。元気だろうか・・これ見てたら連絡ください。

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11/24 (日) 難波BEARS  
"DLC presents & Situation Start!Vol.8"
Robocop Kraus Japan tour!OSAKA

Robocop Kraus(fromドイツ)
come back my daughters
Beirut5
King Heroin

open 18:30/start 19:00

DLCカトマン氏企画のドイツのディスコーダンスバンドの招聘ツアー。
Beirut5大島君から誘いを受けて快諾。人生初の海外バンドのサポートアクト。
現在ピザオブデスで活躍するCOME BACK..はどういう経緯で決まったのか不明だが、当時は割とそういうの多かったようだ。リハ時にメンバーがなぜか積極的に話しかけてくれた。
その関係かピザリリース直後だったMOGA THE \5のエスカルゴ氏も来ていた。

正直、満員の客が求める音楽と全く違うアプローチをしなければならない自分たちは完全なアウェー状態であり、相当なプレッシャーがあったが、この日の経験でかなりの度胸は付いたと思う。
ドイツ語など当然話せるわけもなく英語ですらまともにコミュニケーションとれなかった。少し後悔。

気になって調べてみたところRobocopはまだ現役活動中のようだ。

→Robocop Kraus Myspace

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ieatme & R3-N7 企画 studio gig01
(11月30日土曜日)
場所:スタジオK(大阪本町)
チケット価格:前売り当日共に500円
OPEN/16:00 START/17:00

Atlas the Alone
ieatme
S41(和歌山)
R3-N7
KING HEROIN
After Forever(東京)


R3-N7ムロヤンとモリモリ(当時ieatme)が企画するイベントに出演。初のスタジオライブ。
当時のバンド内部の雰囲気とは裏腹に、あまり深く考えずとにかくライブを楽しめた。
自分らの演奏中にPAの人までツマミいじりながら激しく踊ってくれてたのが嬉しくて、今でも強く印象に残っている。
我流のダンスビートが冴えるスタジオライブって、かなり相性いいんだなあと思った。

R3-N7はタニヤンがDrになって間もなくだったかな?とてつもなくキチガイみたいなパフォーマンスだったことだけは覚えている(笑)


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「Tone Curve Vol.1」
2002.12.01 (Sun) @ 名古屋Club Daughter

King Heroin/
Black Two Licks/
Parkloam/
All Of The World/
Kotoris/
Asana


結成間もないころからネットで交流のあった名古屋のParkloamの、初の単独企画に招待してもらった。勿論バンド活動では初来名。その後もCspDで同イベントに再来することになるのだが、毎回観光気分であるのはなぜか。
超旨いミソカツを食って気合い入れて会場へ。
DJなんかもセットになった本格的なクラブイベントは初めてで、楽しかった。
実験的な新曲も初披露だったか。

当時の映像→Myspace

他のバンドは「うわー、演奏うまー!」って感想だったが、Parkloamは特別ミニマルで、大阪じゃまず見ない(というかまず出てこない)独特なアンサンブルで色んな意味で衝撃だった。
会場で女性DJがかけた曲が、日本ではブレーク直前だったTHE RAPTUREの「HOUSE OF JEALOUS LOVERS」だった。

House of Jealous Lovers


こんなにクラブ映えするロックバンドの曲は後にも先にもないだろう。
ParkloamのDr中井君からBIGBLACKのTARGETビデオを借してもらった。それから後のバンドでも色々お世話になることに。

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12/18 (wed) 大阪 難波 BEARS

open 18:30 / start 19:00
adv \1500 / door \2000

w/ 春爛漫, ひみつキング, Endless dismal moam


肝心の内容を全く覚えていないのだが、新曲を中心にやったらしい。
今思うとKingHeroinの目指していた方向性というのは、当時日本で根強かったカオティックとか札幌系とか激情エモーショナル系のシーンでもなく、USインディーフォロワーでもなく、
ベアーズ界隈の、泥臭くてひねくれたアヴァンギャルドなパンクだったんだと思う。

ちなみに今をときめくオシリペンペンズやあふりらんぽとかはKingHeroin解散直後くらいから精力的に活動するようになっていった。

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「YASAGURE」

2003 2/7(Fri)
難波ベアーズ

出演
current mirror (from 京都)
dis Q
estrella 20/20 (from 静岡)
King Heroin


初の自主企画であり、実質上のKingHeroin解散ライブとなったイベント。
フライヤー作りや配布やら、何もかもが初体験で結構大変だったが、DIYに始まりDIYに終わるというのはある意味KingHeroinらしいかも知れない。
ずっと共演したかったがなぜか縁の無かった京都のカレントミラーと、最も古いバンド仲間でありKingHeroinの運転手であり唯一の理解者である倉橋君のDisQ、
LESS THAN TVの要であり、その後にIdea of a jokeとして絶大な人気を誇ることになるモリカワアツシさん率いる静岡のestrella20/20を招待。
当日まで不安だったが、予想以上の客入りは素直に嬉しかった。
お客さんも出演者もみんな楽しめたと思う。
KingHeroin、イントロは珍しく即興演奏だったが不思議と息が合っていた。
ひたすらがむしゃらに演奏。開放感に満ち溢れていた。


estrella20/20 - アマチュア



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あとがき


あまりに短命であり突然の解散ということで少なからず惜しまれもしたし、レコーディングも途中で、色々な予定も野望もあったのだが、
なぜ解散という選択を取ったのかは自分も含めメンバーの誰もはっきり答えられないと思う。

次のバンドを始めた時も、自分はずっとこのバンドの過去を否定していたし、元メンバーからは自分の新しい活動を否定され続けていたし、だから振り返りたくもなかったのだが、

すべてが客観的に見れるようになってから、ようやく自分達がKingHeronとして活動してきたことや姿勢は間違ってなかったということに気づいた。



とにかくKingHeroinというバンドは、
ペコペコしたり媚売ったりなんかするのは大嫌いだったし、心にも無い様なお世辞言い合ったりして慣れ合うのも言語道断。
人と同じことをするのも、シーンやら流行に流されるのも、合せるのも最もカッコ悪いことだと思っていた。



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当時、インディーズで時を同じく活動していた、近いと思われがちだったシーンでいえば、
関西にはCREEP&カルマステンチ(現FLASH LIGHT EXPERIENCE)、DIG A HOLEなんかが活動的で、TIME BOMBや今は亡きIgnitionレコードなんかでプッシュされてたり、NAHTはじめ東京や他県から来たバンドと一緒にやっていた。
今MOGA THE \5でギター弾いてるYukke女史は当時ハロゲンランプというバンドで活動。

ここら辺の人たちとはバンドとしてタイバンとかの直接的な関わりこそ無かったがメンバーがバンドに加入しかけたり実は古くからの知り合い関係だったりとか、なにかしら前後につながる間接的な要素は多くあった。

2002年未明に札幌のthe carnival of dark splitというバンドのカンノ氏(exボーンスクラッチ)が急死して周囲は騒然となっていた。(後に大規模な追悼ライブをやっていた。)
元COWPERSのカズトモ氏と現動氏(現SPIRAL CHORD)とカンノ氏という奇跡的なメンツのF.I.Xは一度生で観たかった。

東京では、今ではほぼ伝説扱いになってるTHERE IS A LIGHT THAT NEVER GOES OUT(現Z)、KULARAなんかもまだまだ活発に動いていた。
(この辺のバンドが解散したときには揃って「聴きすぎ症候群」とか皮肉めいたことを言われていた)
ENGINE DOWNの東京公演はTIALTNGOに54-71という組み合わせで客席には当時NUMBERGIRLの向井氏がいたりとか面白かった。
「ZAZEN BOYS」という呼称も54-71と向井氏のHALコラボ単発プロジェクトの名前にすぎなかった。


NINE DAYS WONDERは来日もしたNO KNIFEとスプリット出したりエモ〜NW間をさまよっていたような時期だった。
ちなみに我々が出演した「響鳴」で当時peleとスプリットとか出してた頃のtoeとも共演したりしていた。

downyやlostageやASMEIASもnemoもbaloonsも200mphも既に活動していた。
CATUNEに入り後にCspDで共演するJSEこと現MIRRORもまだ前身バンドだった時期で、Bassマサシ君はファンジンのため当時シーンに影響力絶大だったQ AND NOT Uにインタビューとかしていた。(その直後に来日。)


当時の自分のフェイバリットソング

Pinback - Tripoli

No Knife - The Red Bedroom

Death Cab For Cutie - Photobooth

Elliott - calm americans

Jawbreaker - Jet Black

Modest Mouse - Life Like Weed

Husker Du - Never Talking To You Again

eastern youth - 雨曝しなら濡れるがいいさ

Mission of Burma - Academy Fight Song


何故かバンドのスタイルに反してメロウな曲ばっかりだ・・。
| LIVE | 23:20 | TB:0 | Comment:0
屈折IZM
13日は地元のクラブでライブを演りました。
ライブすること自体が帰国後初めてで、しかも1月の屈折率@BEARS以来なのです。

このclubは来るのすら初めて。
さらに地元でライブとなると数年ぶりでしょうか。


2007 8/13
NEOTOTTORIIZM

・屈折率
・ダージ
・semi
・telegram
・影狼


NEOTOTTORIIZMというタイトルで数年前からダージ、影狼が主体となり地元で開催しているイベントで、自分も客として何度か行っていました。
今回の話もかなり早い段階で決まっており(たぶん去年から)
正式に主催のダージと影狼サイドからオファーを貰ったのがまだ出国前の春ごろでした。

とりあえず「出演する」という方針で話は進めたものの具体的には何も決まっておらず、無駄に時間があったので、どういう体系で何名義で出ようか実はイベントの前日までずっと迷っていました。

そうこうしているうちにあっというまに当日になってしまったので、ひとまずギターとエフェクターだけ会場に持って行き、あとはなんとかなるだろうと行き当たりばったりで会場に向かった。

会場で出演表に書いてあった自分の名義が「屈折率」であったため(名義は主催側に任せていた)、屈折率としてステージに立つことになったわけである。

他の出演者はバンドばかりなので、さすがに一人では心細いと思っているところ、丁度ダージのDrリツオから声がかかり快諾、そのまま二人で事前練習なしのぶっつけのリハ。
一通りセッションと、bloodthirsty butchersの名曲「七月」のカバーを演ってみた。
(しかしリツオはリハ直後に初めてあれが「七月」だと気づいたらしい。)

出番はトップバッターにしてもらった。

会場SEには、今年フジロックにも出演したばかりの
BLONDE REDHEADの最新アルバム「23」をかけてもらった。

そして本番、

事前にリツオとは
「マイブラ(MyBloodyValentine)っぽい感じでいこうか」とか
「音の隙間を埋めるより空間を重視してみよう」とか
軽く打ち合わせをしていたのだが、いざ本番が始まってみるとそんなことはお構いなしでお互いの呼吸を合わせることに必死になっていた。

あくまで「ギターとドラムで成り立つインプロビゼーション・ロック」という体制の中でいろんな音やグルーヴが飛び交った。歌も歌った。
約40分の演奏もあっという間に感じた。終わった後はどっと疲れた。
結局「七月」のカバーは本番ではやらなかった。


→屈折率(ourlegga+RITSUO)2007/8/13 NEOTOTTORIIZM(mp3,25MB)


ロビーに戻ったら自分が高校時代から尊敬する影狼のドラムのタツヤさんから笑顔で声をかけてもらってちょっと嬉しかった。

続いてはダージ。リツオは屈折率を終えた後もそのままドラムの席に座ることになったわけである。
SEのエックス「BLUE BLOOD」には笑ってしまったが。

珍しくかなりの曲数をやっていて時間も長く、中には
俺が高校時代に組んでいた伝説のパンクバンド
「GOGH(ゴッホ)」(自分はドラム担当、Vo&Bassは去年に他界)
の数少ないオリジナル曲の中の
「Takes Armys Life」という曲を
ダージが大きくアレンジを加え別の曲にした「suck my life」という、一時はお蔵入りとまで言われてライブでは滅多にやらない曲までやっていたのでびっくりした。


続いてはsemi、
古き良き哀愁メロディックパンクの影響が色濃く見られるストレートで疾走感のある楽曲に、時折効果的にハーモニクスなどを絡め、心なしか以前見た時と印象が違って見えた。
また個人的に曲やメロディ、日本語詞の絡みなどに初期のMOGA THE 5も感じた(当時自分ははMOGAの熱狂的な追っかけだった。)


そしてTelegram、
ロビーで話していた通り、新たな境地を開拓したかと思われる新曲を2曲披露してくれた。
このバンドも哀愁メロディ系バンドの直下にありながらも、新旧様々なバンドのエッセンスを積極的に楽曲に取り入れるセンスが抜群で、技巧的かつタイトな演奏で聴き手を飽きさせないのが凄い。



トリは影狼、
イントロ〜1曲目から飛ばしまくりで、客も一緒にシンガロング&モッシュ。
ダージのGt安藤を加えた新たなツインギター編成は、当初の不安をよそに、しっかりパート分けされており、時には安藤がバッキングを務める上でGt高橋君がソロを弾く時もあれば、二人がリードギターでハモったり、5人編成になり明らかにパワーアップしていた。Vo,トオルさんも終始気合入ってた。
高橋君は昔から音源ではバッキングとソロをきっちり分けて、ソロやリードではハモリも多様していたので、安藤の加入は確実に正解だったと思える。今後が楽しみだ。


終わってからダージ御一行(婦女子組含む)と影狼トオルさんとでファミレスにて小規模打ち上げを行った。
そこでの談話も黒カレーの味も最高だった。
ダージBassヨースケが隣の彼女と、大阪で結婚との報告。
これでこのバンドは完全に遠距離バンドとなったわけだ。

しかし今では遠距離バンドも珍しくなくなった(SPIRAL CHORDとか)

同時にそれらは遠距離になりがちな自分にも勇気を与えてくれるものである。
やはりバンドはいい。俺はバンドがやりたいんだと
そう改めて感じて出演してよかったなと思える夜だった。

誘ってくれた安藤、リツオ、トオルさん、本当にどうもありがとう。


こうして無事イベントは成功として終わったのだが、
企画段階から色々苦労があったようだ。
当初予定されていたライブハウスからは店長の勝手な都合でドタキャンを食らい会場の変更を余儀なくされ、
あと数組、出演する予定だったバンドも直前でドタキャン、
クラブでのライブのためドラムやアンプなどの機材搬入、それらレンタルなどの資金、持ち込みアンプの故障、
客入りはそこそこだったものの、数字は結果的に赤になってしまった。

しかし、自分自身の経験も踏まえてこれらの失敗や反省点は必ず次へのステップとして繋がっていくものであり、確実に意味のあるイベントであったことは間違いないと思う。

同じclub BRIDGEに3年前、紅森君が中心となってTHA BLUE HERBを呼んだ時でさえも数字は大きく赤だったらしい。
しかしその信頼や手ごたえが自信へと繋がり、今度はTHA BLUE HERB側からの逆オファーという形で今年は大々的に野外で開催し、見事に成功させるまでに至った。

近年、地方というハンデは確実になくなりつつあるのを実感する。BLUE HERBの改革的メッセージ、地方勃発の様々なイベント、上記の遠距離バンドの増加など。

逆に地方でしか発展しない音楽性、カルチャーも確かにある。

俺は以前からこれからもその架け橋の役割を果たしたいと思っているし、自分自身も色々とアクションを起こしていきたいと思っている。

それは同時にあの夜の海辺でTHA BLUE HERBのBOSSに固い握手と共に誓ったものでもある。
| LIVE | 04:29 | TB:0 | Comment:0
あの夜だけは
8/4土曜のTHA BLUE HERB海水浴場リリースパーティーは本当に素晴らしかった。
あの夜のことは言葉なんかじゃ説明出来ない。

Bossの詩と、客も、海も、満月も、星空も全てがリンクして異世界へ連れて行かれたようだった。

また数年前のステージではあり得なかった
「愛」「お金」「人生」
というテーマを、説得力のあるリリックに巧みに交えながら訴えかけていた。
それは彼が苦悩の中35年間歩んできたまさに「Life Story」に他ならなかった。

Dj.Dyeとのパフォーマンスは観る度に進化してるし、音響も最高だった。

「台風なんかぶっ飛ばしてやったぜ!」

最高に燃えた。


Live@2007 8/4 Tottori kozomi Beach from "ThaBlueHerb JAPAN Tour 2007"
MC-ILLBOSSTINO DJ-DYE

ライブが終わった後、真っ暗な海を、ベンチに座って独りで見つめていたBossに、話しかけた。

Boss「あの光なに?」

俺「船ですよ」

Boss「へぇ、イカ釣り?」

Bossからイカという言葉が出てきたギャップで、お互い思わず笑ってしまった。
そんで名刺を渡して、ある口約束してくれて、固い握手。
本当に気取ってなくてフレンドリーな人だった。




その前日に知り合ったこのイベント主催者の紅森君はナイスガイで、しかも地元の同級生だったこともあり、学生時代の話題や音楽遍歴もほぼ共通ですぐに打ち解けた。

ブルーの前にMC-COUMOLYとしてHAND SOME BOY、KAZOOSと共にTopOfGreenステージも披露。


TopOfGreen (MC-COUMOLY Vo-HANDSOME DJ-KAZOOS)


朝まで皿回し続けてたDJカズースも実は高校時代から知ってて、
その頃からクラブミュージックには傾倒してたとは友達づてに聞いてたけど、
10年後にもまだ音楽をやっていて、しかも商業主義じゃないアンダーグラウンドの音の深い音楽を追求をしてるなんて夢にも思わなかった。
スタート地点は全く違うのに、最終的にジャンルを超えた同じベクトルに向かっているというのが何より嬉しかった。

これから一緒になんか面白いこと出来たら最高だよね。
夢が確実に広がっていってる。しかも予想もしなかった方向に。
| LIVE | 02:06 | TB:0 | Comment:0
俺たちには土曜日しかない
ベアーズは下手をすると毎日入り浸ってしまう可能性が高い率が世界1の中毒的ライブハウスである。
二十周年Anniv.も相まってスケジュールがすごいことになっていた。
そして本日も懲りることなく二連夜。

〜先日、幸たちとキタにTaxiで帰って、自分はホテルニュージャパンサウナで一風呂浴びネカフェ直行といういつもの東通りScheduleをこなし不眠のまま朝っぱらから梅田ヨドバシカメラ自作パソコンコーナーとドスパラ店内をくまなく物色。
最近の自作市場の何が目玉かって、新しいインテルCPUとそれに伴う対応基盤の発売とハードディスク、メモリの大容量低価格化である。
ネット上でも概ね、全国のジサカーにとってはこの絶好の機会を見逃すな!という論調である。普段は「今はPC買い換えるな!時期が悪い」
と一年中休むことなく注意喚起しているのにこの有り様である。
という訳でレジ後ろには大量の新型インテルCPU山積み。
格安とは言うものの所詮はコンピュータ。ゼロ五桁が当たり前の世界に於いて、あまり資本金を持ってなかった自分はケースと周辺部品だけ買って、後はひたすら脳内完成シュミレーションをしていた。
気が付いたら夕方になっていたので本来デート予定だった病床中のゆーさん(シーセイズシー)とカリスマリーマンT村氏(R3-N7)夫妻宅にスペイン製高級生ハムを宅配。
その後梅田キディランドに行きて目当てのものがなかったついでに目に入った素敵な格安ブツを二種類購入。

急ぎ足で御堂筋ナンバ駅。あろうことか南出口で南海なんちゃらのエレベーターに行き当たり軽く迷ってしまう(屈折率ライブから2度目…)何年間大阪住んでてん!
でベアーズに辿り着いたのは30分を回っていて、キンブラマーヤ氏VS和田氏のスペシャルアクトを見逃してしまう。
入り口にはAkamar22!さんやDoddodoさん、susperiaヤスさんらの姿が。
久しぶりのジャックfluidに腹を指さされる。つか最初の挨拶がそれって…もう慣れたけど(笑)
楽屋にてさっき梅田で購入した例のブツをお土産としてジャックに贈呈。
ブツというのは、エレキギターのミニチュアなのである(写真参照)

白いギターをジャックに、


もう一つの赤いギターは赤い服を着ていたDoddodoちゃんへ進呈


アカマさんにはスペイン石けんと入浴剤を

そしてフルード登場。BEARSのステージで見るのはかなり久しぶりな気がする。というか新編成になって初めてか。
お揃いの正装FLUIDジャケに身を包んでしょっぱなからメンバー全員バカ高いテンションで疾走。
直前に楽屋でジャックがメンバーとよくわからないテンションの打ち合わせをしていたのだが全く意味がない(笑
新曲も既存曲もBEARSフィルターを通すと何倍も荒々しく聴こえてくるから不思議だ。
ジャックも効果的にサンプル音を足で操って曲にメリハリをつけていた。インストの曲も違和感なかった。

比較的パンクの初期衝動に基づいたうるさい音を出すバンドたちは、そのほとんどが「成長」と称して数年ほどの間に、静かになったりスローだったりマンネリな音になったりしがちだが、彼らはその真逆である。
3人になって”から”過剰なまでの初期衝動のマジックが宿っている。

そんなことを思っているうちにサッパリとステージが終わった。
最後、ジャック恒例のギターを床に投げつけるようにして大きく振りかぶったが、ゆっくりシンバルを叩いただけで済んで安心した。
なぜなら自分はCorydorasSPDecadence時代に同じBEARSのステージで、演奏終了後、数十万のローンが残ったままのリッケンバッカーを床に投げつけて真っ二つに折ってしまった悪夢がフラッシュバックしたからである(苦笑
※詳しくは桃さんによる当時のレポ2004.05.11(tue)を参照

終了後FLUID弦楽器隊の足元チェックをしていたのだが、大量にあったはずのジャックのエフェクターの数が減っている気がした(写真右参照)
本人に聞いてみたら移動の際の煩わしさを解消するために意図的に最小限に減らしてってるとのこと。
昔から無類のエフェクター好きであった彼に、自分の余ってるBOSSのコンパクトエフェクターをいくつか譲ろうかと思っていたがあまり必要ないかも。



そんで話題は同時開催中のフジロックに移り、ブロンドレッドヘッド見たかったなーとか5年前の来日ツアーの十三ファンダンゴ公演ではイントロ始まった瞬間に鳥肌立ったよねとかあれはもう人生5本の指に入るアクトだったねとか、ダベりまくってた。
(早速mixiの当バンドのコミュに上がってた現地レポではALBUMLEAF中止の埋め合わせの分普段より長い時間やってくれたとのこと。羨まし過ぎる。)
とにかくお互いの一致した意見としてはもう一度生で見たいので来日ツアーしてください。お願いします。

ベアーズの8月スケジュールもまた自分的には豪華で、今週水曜には復活表明を出したばかりのようすけくん率いるマザーフッドがCorydorasのダイドウ君とハットリ君在籍のmovtraxと夢の競演。しかも大和川レコードまでも!

その次の日の木曜は森田君が赤松さんや黒瀬さんとなにやら楽しげなセッションを繰り広げるらしい。
さらに次の日はオールスターによる宴が。

自分は今のところ無理そうなのだが行ける人は是非行って楽しんできて下さい。

でFLUIDの三人+M女史と五人で通称ベアーズ通りの王将でプチ上げ。これまた二夜連続。

しかし中身はFLUIDの今後における重要な打ち合わせを兼ねていた。旨い飯を喰いながらずっと先のあんなことやこんなことの話をあれでもないこれでもないと長々と。

自分も実はFLUIDの1stアルバム作成の際にはちょっとだけ協力したのだけど、次回も何らかの形でサポートが出来たらなと思ってる。

帰りもFLUID号に京都まで送ってもらったのだが車内でもメンバーたちと同年代ならではの色んな話で盛り上がりつつ。

COWPERSとNAHTが最強だった全盛期の98年頃、精華大学の学際にジャックが彼らを呼んだ事実とか

ポストロック勢の近年におけるテクニカル志向のことやら

ゼロ世代とかいう言葉は果たしてもう終わったのかとかじゃあFLUIDはなんて呼ばれ方するのかとか

遠藤ミチロウは客が1人でも全力でライブするぞとか、でもなんだかんだいっても俺たちにはそんなの無理だよねとか

実はジャックとお互い好きだったりするチャットモンチーのポップセンスってズバ抜けてるよねとか

そのプロデュースしてるDr氏がいたスーパーカーのスリーアウトチェンジが出た頃の話や

ENVYの曲が某化粧品のCMに使われているという事実


についてとか

新曲の終わり方についてとか反復とかブレークの話とか

っちゅーかそもそもS華大学のバンドはみんなブレークが多いねん!というJ氏の大胆発言とか(笑

地方ツアーはジャックのハードコアネットワークを駆使してだとか、っていうかそもそも君はハードコアだったのかよと言いたかったけどあえてツッコまなかったこととか(笑

そんな談話に花が咲いているうちに目的地に着いたのだが車に袋を置き忘れ。しかしながらさすがジャック君、ちゃんと預かってくれていた。
(昨年のボロフェス救急車事件のときといい、彼には京都で迷惑かけっぱなしだ。)
どうもありがとう。
| LIVE | 02:03 | TB:0 | Comment:0
rct
リコッタCD発売記念&ラストライブ@難波BEARS

リコッタ / NAZZI / jenny on the planet / あらかじめ決められた恋人たちへ /



リコッタという、自分が直接関わった(二代目ギタリストとして)バンドのレコ発&解散ライブと聞き、さらに桃幸(リコメンバ)の二人に誘われそれは義務のように駆られ帰国後初となるライブハウスへ迷うことなく向かった。

渋滞が続き、急ぎ足で向かった会場の難波BEARSに着いたのはOPENを回った7時半だったが、運良くちょうどjenny on the planetがはじまったときだった。

懐かしいライブハウスの匂い、というかベアーズの匂い。

色んなバンドのライブを見るたびに色んなことを思うのだが、この日は普段に増してそれが多かった気がする。

jenny on the planetは初めて見たバンドだったが、男女ボーカル&ツインギタートリオという編成で、自分が忘れかけていたような、一音一音を大事に奏でるバンドだった。
純粋に「良いバンドだなあ」と聴き入ってしまった。
(屈折率@BEARSでタイバンしたSARRYについて同じように思った。
リコッタって周りに良いバンドをひきつける力があるんだなーと。

そして会場に居た桃と幸に声をかけて楽屋でO-CATの某格安ファンシーショップで急ぎ足で買ったお土産を渡した。なんだか予想以上に喜んで頂いて、大した投資をしてない自分を申し訳なく思ってしまった。

NAAZIもCorydorasだったかリコッタに所属していたとき何度かタイバンしたのだが、なんか、そのときとはずいぶん違った印象を受けた。というかギターやシンセの音がダイレクトに体に響いてくる、そんな感じだった。この感覚はある意味フォークのそれに近いかもと思ったが総体的にジャンルでは言い表せない雰囲気を醸し出していた。

そしておなじみのあらかじめさん、昔から個人的に大ファンだし、CspD時代から見てきてリコッタで自分が最後の日のライブで共演したのがあらかじめさんだった。裏ではPAをやってもらったり色んなとこでお世話になっている。
今日も池永さんはハイテンションで始まって関西屈指(?)のダブトラックに絡むピアニカ(メロディカ)の音の洪水は心地よすぎてあっという間に終わった。

そしてリコッタ、始めは撮影係に徹していたが手が止まった。
自分が去ってから彼女たち二人で生み出した新しい楽曲たち、
自分も触れたことのある懐かしい楽曲たち、それら音と言葉が一体となって感傷的にひたすら胸を翳める。

こうやって音は続いていくのだ。

解散とはなんだろう。続いているのに。続いているのに。

「音楽は時を軽く越える。皿は旅をする」と言ったのは僕も桃さんも多大な影響を受けたIllbosstinoの言葉である。

フロアーに鳴り響く、たった二人が紡ぐ最小限の音に、
Corydoras sp Decadenceでタイバンしたとき客として初めてリコッタを見たのも最初がこのステージ、そして最後を飾るのもこの由緒あるベアーズのステージだという事実に単純に音は重ならなかった。それほど深化して彼女たちなりの音をちゃんと見つけ出していた。
一見そこの空間には誰も入り居る隙はなかった。

アンコールでは「クラスター」という、大和川レコードの亘君と桃さんが映像とコラボ形式でライブのみでやった曲をアレンジしてやってくれた。ある意味一瞬限りで未完成が売りだったクラスターの、完成された長編を見た気がした。嬉しい拾い物。幸ちゃんのベースアレンジも的確にツボを押さえていた。
myspaceで聴けます

色々物思いに耽るままライブイベントは幕を閉じた。
終わりについては人それぞれ色々意見があると思うけど
最初も最後もスマートに。ある意味リコッタらしい終わり方だったかも知れない。

帰りに音源をもらって、リコメンバーとプラス二人の女性で打ち上げと称すにはあまりにも小さいが、会食をした。
その場所もあの「天下一品」。
昔僕がP-Shirtsのメンバーたちと身内だけで天一打ち上げをやった、その店のそのままの席に案内されたので心の中で笑ってしまった。
二度目の天一打ち上げだったが、帰国してからはじめて好きだった「こってりラーメン」を食べれたのでかなり感慨深いものがあった。
過去には初めて味を知りバイクでわざわざ通っていた数年間と、その後引っ越したマンションの目の前にあって数え切れないくらい食べたあの味が今では遠く遠くなっているのである。
・・スペインにはラーメンといえばインスタントしかなかった。

「ラーメンは人生の味である。」

話は戻るが、今後も聞き続けられるだろう作品が作れて満足だったろう。そして桃さんも書いていたが幸ちゃんに出会わなかったらここまで来れなかった、一緒にやれてよかったと。
口にはしなかったけど自分もそうだなあ、と思った。彼女たちと一緒に音楽を作って過ごした時間はかけがえのないものだったなあと。
短い間だったけど桃幸という才色あふれる二人と苦楽を共にしてきて、当時はバンドのみならず公私共に色々あったけど、最終的にこういう時期にこういう潔く、そして誰も傷つかない終わり方をして、、
それと余談だけどそのリコッタ最初のライブで共演したマザーフッドのヨウスケ君も会場に居てくれて、こうしてみんなと過去と現在に渡って同じ空間を共有できて、なんと、まあとても不思議な感じだが、良い日だったなと改めて思ったのである。


ちなみに当時のイベントと音源(CspD)↓

'04 2/20(fri)大阪難波BEARS
[motherhood企画] Ricotta, TORICO, Corydoras sp Decadence, motherhood

http://ourleggworks.net/cspd/CspD_LiveAtBears_040220.mp3
SCHWARTZI DUB (LiveAtBears'04 2/20) (4.6Mb)

ちなみにこのイベントは後に発売されたIndiesIssueという雑誌の記事にもなった・・!今手元にないので後日アップします。


話はまた戻るが、なんだか最近になってどこかの全く知らないバンドが自身のバンドのMyspaceで、影響源の欄にCorydoras sp Decadenceとか名前が書いてあったり、mixiのシステムで今でも聴き続けてくれている人が解ったりとか意外な人が知っていたりファンだったりとか再評価されているのを目の当たりにすると、やはり音楽は死なないんだなと再認識させられる。
あの時努力や費やした時間は決して無駄じゃなかったというか。

「けっ、俺はパンクだからそんな胡散クセェ話は関係ねぇぜ!カッコよければそれでいいんだよ!」
とか言っていた自分も、今もまだカッコつけて頑張って言っている人たちも、結局ずっと前から生き続けている音楽から影響を受けているわけで。

「詠み人死すともこの詩は生き続けてくれよ!」

と前出のラッパーの歌ったとおり、全ての文化は遺産となって残り、後世に渡って影響を与え続けるものであるということを証明したとこでこの長くたらしい文を締め括りたい。
散漫な文章の中でも何か読み取ってもらえれば幸いである。

帰ったら一月の屈折率のBEARSライブ以降、ずっと封印していたギターを取り出してまた弾いてみようと思う。やはり自分が帰る場所はそこなのだ。

ちなみに8月13日に誘われているdaaji企画のイベントでは何をやるか全く決めてない。ギターと自分だけは屈折率でも経験したが何をやってもいい反面すごく心細い。流れを自分ひとりで作らなければならないというのは長年複数としかやってこなかった人間にとっては至難である。しかし幸ちゃんも東京で一人でライブするらしいし、重い腰を上げてみるのもいいかと考えている。


またまた話は逸れるが東京にここしばらく憧れを失ってしまって、行く機会というか理由が中々なかったのだが出来た!
ついさっき雑誌で某着ぐるみブログタレントが行ってた目黒寄生虫館!笑
| LIVE | 01:42 | TB:0 | Comment:0
GearBox
24時間ぶっ続けでBBSとメーラーのスクリプトをいじってたため、過労死しそうです。しかしおかげでスパムの嵐から開放されました。スパムでお困りの方は気軽に僕に相談してください。

さて、本題です。GearBoxといえば真っ先に思い浮かぶのがSTRUNG OUTの曲な僕は高校時代こういった速い音楽にどっぷり浸かっていました。
といわけで、GuitarPortの後継にあたるGearBoxをダウンロードしました。

GearBoxですが、メトロノーム・フレーズトレーナーはそのまま継承していますし、基本的にはGuitarPortの後継ソフトと考えていいでしょう。Pen4の2.5Ghz&メモリ1GBで、HDDの空きは10GBなんてハイスペックをオフィシャルは要求してますが、DAWソフトを起動せず、音作りするだけなら、Celeronの650Mhz&128MB RAMでも全然問題なし。

それと同時にPODxtLive本体のファームウェアもアップデートしました。
こちらは新しいアンプキャビネットの追加と、ワーミーが大きな追加点です。



Ver.3.01になって追加されたのは、

AMP

101 CITRUS D-30 Orange AD30TC
102 L6 MODERN HI GAIN Soldano X88R
103 L6 BOUTIQUE COMBO Dumble Clean (from POD 2.0)
104 CLASS A-30 FAWN Vox Fawn Non-Top Boost AC30
105 BRIT GAIN 18 Marshall 1974X (18W Reissue)
106 BRIT J-2000 #2 Marshall JCM 2000 DSL
PEDAL

BASS OVERDRIVE Sans Amp Bass Driver
BRONZE MASTER Maestro Bass Brassmaster
SUB OCTAVES Guitar Synth.
BENDER Pitch Bend
WAH

JEN FASSEL Jen Electronics Cry Baby Super
WEEPER Arbiter Cry Baby
CHROME Vox V847
CHROME CUSTOM Custom Vox V847
THRDATY RMC Real McCoy 1
CONDUCTOR Maestro Boomerang
COLORFUL Colorsound Wah-Fuzz


しかしワーミーをGearBoxでペダルにアサインする方法がわからない・・当分はマウスでグリグリ動かすことになりそうです。
なにせline6日本の各種対応が本国より大幅に遅れている為、ユーザーは自分でせっせとマニュアルを探さないといけないので大変なのです。

ライブではどんなセットにするかまだ決めてません。過去に某サイトで僕のギターが「機材展示会のような音」と酷評されたことがありましたが、別にそういうスタイルも面白いんじゃないかと思うのですが・・

Suburban Teenage Wasteland Blues Suburban Teenage Wasteland Blues
Strung Out (1996/02/27)
Fat Wreck Chords

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| LIVE | 09:27 | TB:0 | Comment:2
ごじゅうよんのななじゅういち
54-71@新世界BRIDGE、いやあ、やはり凄かった。
Vo&Synthのビンゴさんから直々に許可を貰ったので動画を掲載いたします。ビンゴさんありがとうございます。

Part1


Part2


Part3


Part4


Part5


Part6


ほんとは動画なんかでみるより生で観たほうが何百倍も凄いんですけどね。
曲が途中までなのはデジカメ容量制限のためお許しください。(DVカム欲しい・・)

ビンゴさんの個性的なボーカル、シンセ、そこらのHCより凄い爆音ノイズ、ボボさんのハイハット割れも気にしない感情的ドラミング、マイクついてないのに会場中に響き渡るスネアの音、リーダーの正確無比なミニマルベース、
54を観るのは2年ぶり、4回目くらいですがその度に進化しまくってました。やはり圧倒的なオリジナリティって凄いですね。
「54みたいなバンド無い?」と訊かれても僕はなんとも答えられません。

他にも高速ベースフレーズナンバーなんかやってました。圧倒されました。

ビンゴさんと話したのは東京でのENGINEDOWNツアーでタイバンがこちらも今は亡きThere Is A Light That Never Goes Outの時以来でした、会場には向井秀徳氏なんかも来てたなあ。みんな演奏ガッチリしてたのを覚えています。54はやはり飛びぬけてましたが・・

今回のFLUIDは一番目だったため遅刻して見れず。ジャックごめん!
他のアクトも大変良かったです。
依田君(夢中夢)はマジックで殴り書きの自作フライヤー会場に持ち歩いてました(笑)
色々懐かしい人たちにも逢えて良かった。

打ち上げはneco眠るの方々や
CRJ-WESTカレッジチャートの皆さんと新世界の串かつ屋で朝まで過ごしました。
先日も書いたけどいまどきの大学生くらいの若い人たちはそんじょそこらの僕らの年代よりよっぽど音楽を深く追求してますね。20歳で裸のラリーズ知ってるなんてね。。

そこで僕がボロフェス打ち上げで倒れてしまったときのことを知ってる女の子と遭遇!
そこで新たな事実が。倒れて意識失ってる僕の足を岸田君(くるり)と一緒にその子が揉んでくれてたらしいんです。
岸田君「こういうときは足揉むのがいいねん!」って(苦笑)

岸田君ここ見てたらあの時ご心配かけたことを深くお詫びします。どうもありがとうございました。

帰りは満喫で仮眠して金龍ラーメン喰ってTIME BOMB寄ってBEYONDSの新譜を買って帰りました。
フライヤー1000枚じゃ足りないね。今度から2000枚くらい刷ろう。

ALL SONGS COMPOSED & PERFORMED BY 54-71 Recorded in Februry 2004 ALL SONGS COMPOSED & PERFORMED BY 54-71 Recorded in Februry 2004
54-71 (2004/06/06)
LASTRUM
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