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造船場3days
こないだの三連休は大阪北加賀屋にあるBLACK CHAMBERという造船場の跡地に造られた複合アートスペースで過ごしました。

実は「北加賀屋の造船場」というキーワードからして自分にとっては昔から並々ならぬ思い入れがあるわけで。。

単車の免許取りたての頃、真夜中に友達とツーリングしていて南港でも行こうぜということになり、
小さく「北加賀屋」と書かれた暗くて小さな橋を越えた途端、いきなり近未来にワープしたというか、AKIRAの世界かのようなサイバーパンク的で異様な光景が目の前に広がった。
シートから降り、鼻を刺すような金属臭がたち込む中、奥まで行くとフェリー乗り場が広がっていた。


→北加賀屋造船場周辺で撮った写真by.ourlegga

今でこそ工場、コンビナートの写真集なんかがアートとして認められるようになり、マニアが増殖しているわけだが、→参照
何の予備知識もなく現実世界でそんな場所に放り投げられ、いきなり潜在意識を掻き立てられ本当に衝撃的な出会いだった。

それから機会があればバイクでしょっちゅう訪れるようになった。

そんな自分にとっては神聖な隠れ家だった場所に、こういう大規模な会場ができるというのは感慨深いものがある。

23日〜

ZETTAI-MU 12th Anniversary

THA BLUE HERB
DJ KRUSH
DRY&HEAVY
KODAMA KAZUFUMI with 1945 a.k.a. KURANAKA
GOMA DA DIDGERIDOO
1945 a.k.a. KURANAKA
DJ BAKU
CALM
etc..


正式に行けることが決まったのが前日で、ダメ元で急いでローソンに行ったら奇跡的に取れ
(後で知るところによると1200枚の前売りは軒並み完売状態だったらしい)
つい最近運命的な出会いを果たし意気投合、一緒に新バンドまで組んだmr.dub氏と一緒に行きました。
会場にはCOUMOLY君やDJ-KAZOOSやHANDSOMEBOY、TopOfGreenの面々も来ており、
こういうDOPEなクラブ系イベントに一緒に誘って行ける人って中々いなくて、
今までずっと一人でこっそりクラブ行って一人で朝帰りするみたいな感じだったので、
ここ最近の彼らとの出会いはそういう面においても素直にうれしいわけです。

詳しい内容はまあ、語りつくされてると思うので割愛しますが
いやー、でも朝まで踊りました。

ThaBlueHerb、最後に雨ニモマケズに加え
あのニールヤングの「DEADMAN」のギターにBOSSが宮沢賢治の「告別」を朗読、

「DEADMAN」をBLUEの初期ライブ映像で知り、
宮沢賢治の詩集に強烈な影響を受けた自分は
とんでもなくぶっ飛ばされる。

続くKRUSHはしょっぱなから名曲連発そして重低音、
1945 a.k.a KURANAKAの強烈なダブビートもヤバく、
こだまさん、DRY&HEAVYは意外に初体験で、新鮮なDUB体験、
ここ最近要注目のDJ.BAKUなんかを観る。
最後のDJ.CALMはまるでオーディエンスと会話してるかのようなDJプレイが絶妙でヤバくって、
朝方にもかかわらずフロアの熱気は最高潮。
まさにこの一大イベントの大トリにふさわしい盛り上がりで終わった。


mr.dub氏を送り、みんな帰ってしまったが自分は一人で心斎橋のネカフェ難民に。
かといって一睡もすることなくそこで地味なネット作業を夕方までこなしヴィレッジヴァンガードへ。数時間吟味の末、数冊購買。眠い目をこすりつつ再び北加賀屋へ

ロヲ=タァル=ヴォガ結成10周年記念作品【新青年】

出演
「オトノカケラ kakera-27 黒子さなえ(dance) take-bow(guitar) 岡見賢(蛍光灯)」
坂本弘道
DEADPHONES
BONZIN
KA4U (+谷内一光ライブペインティング)
OVe-NaXx(+谷内一光ライブペインティング)
夢中夢 (アコースティック編成)
怪紳士Kとアルハベッツ
北村早樹子


あのP-shirtsから派生したnakajima君率いるDEADPHONES、katou君、北村早樹子ちゃんたちとかなり久しぶりの再会。
いろいろ談笑したり、みんなで「サスペンション」として針で人が吊れるパフォーマンスをヒーヒー言いながら見たり、
早樹子ちゃんの持ってきたムヒを「眠気覚まし」として目元に塗ったり、時間を忘れる楽しいひと時を過ごせた。

演奏もパフォーマンスも皆素晴らしかった。
DEADPHONESのみならず北村早樹子ちゃん、take-bowさんも生で見るのは初めてだったので衝撃的だった。

nakajima君にヴィレッジで買ったヤン・シュヴァンクマイエルと江戸川乱歩の「人間椅子」を、katou君にネカフェで作ったCD-Rを渡す。

こうして丸三日間一睡もせず、なんとか無事帰宅。
その後丸三日間ほど眠りこけ、ようやくリズムを取り戻しThis文章を寄稿。


そんなこんなで色々な出会いがあり、自分の周りでも大きく動き始めた。
手始めにmrDub氏との新バンドの1stセッション(一発録り)をo-recsマイスペにUP!
→http://www.myspace.com/orecs


そしてTopOFGreenのMC、Coumoly君らとも水面下でmissionを遂行中。


全ては確実に繋がっている。
間違っていない自分たちを証明する為に。
一歩ずつ動くことから始めよう。
| blog | 17:57 | TB:1 | Comment:0
ぼくはキャプテンビーフハートにはなれない
2002〜2003にかけて活動していた
KINGHEROINのLIVEディスコグラフィーを可能な限り発掘したのでそれぞれに感想を追加。

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2002 9/2

大阪新神楽

w/
Beirut5
Bullhead(in human)
R3-N7
Depth (現:mbsmd)
etc.



おそらくKingheorinとして初のライブだったと思う。
音盤集団HOUという自主レーベルを立ち上げ「VA.ショックジョン」にKingheroinと共に当時ドラムのkentaも参加していたタニヤン(現R3-N7)率いるBULLHEADも参加。
その直後にタニヤンが企画したイベントだった。
内容はもうステージも楽屋もお祭りのような感じで終始楽しかった。
Kingheroinは当時まだ持ち曲が2曲しかなかったのだが、たったそれだけを演奏。

当時の映像→Myspace

R3-N7はムロヤンがBa&Voだったし、音も今と全然違っていた。
今をときめくシーセイズのゆーさんを始めてみたのもこの日のDepthでした。
Beirutのシゲル君との交流もここから。
色んな人と新しい出会いをした一日だった。

とりあえず自分の音楽人生の第二のスタートだったといっても過言ではない。

ブログにも書いたがこの日のベストアクトは森田君とタニヤンの轟音大会。
タニヤンの足元に大量に並べられたエフェクター、最後にはギターを客に渡して弾かせるという全く意味不明なパフォーマンスが未だ脳裏に焼き付いて離れない。

その写真↓
20020902



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2002 10/3

難波ベアーズ

W/不明


出来そこないの新曲をやったらしいですがタイバンはおろか内容も全然覚えてません。
ログによるとそれまで恒例だった吉野家での打ち上げを、珍しくやらなかったらしい。(笑)

そこでタニヤンが深刻な表情で一言
「マジですか・・なんで行かなかったの?・・吉野家。」
(公式BBSログより)


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10/12 (sat) 東京 吉祥寺WARP

open 18:00 / start 18:30
adv & door / \1500

「響鳴 vol.5」
w/moonwalk
キウイロール
sequqnce pulse
etc.

随分昔からネットでの音楽友達だった東京の妙子ちゃんが企画したイベント。
東京遠征なんて何から何まで初めての体験だったのでとにかく全てが新鮮だった。
直前に急遽2曲入りのデモテープを50本作り、無料配布することにした。
moonwalkは札幌の女性Ba&Voバンドで、メンバーは
元COWPERSのBass小森さんがドラム、THE SUNのイサイ氏がGtだった。この日が解散ライブだった。
極度のCOWPERSファンだった自分は、楽屋で小森さんに話しかけ、当時の解散ラッシュの状況を色々聞いた。
「まあ(メンバー)みんな年齢が年齢だし・・音楽もそろそろやめるかな・・」

・・とは言っていたものの、
現在の皆さんの活躍ぶりはご存知の通り。
シーケンスはまだまだ出来立てのバンドという感じ。
キウイロールのステージは終始殺気立っていた。やたら前日のBBSなどで宣戦布告的な書き込みをしていた。

自分たちの演奏は、メンバー皆かなり緊張して少し堅く、100%出しきれはしなかった。

しかしこの日はwtzさん(TOXIC、EVIL SCHOOL、LESS THAN TV、元NAHT)はじめとして色々な人に逢って話せた。
個人的には打ち上げにも参加したかったが、他のメンバーが帰りたがったので断念。
現在、妙子ちゃん行方不明。元気だろうか・・これ見てたら連絡ください。

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11/24 (日) 難波BEARS  
"DLC presents & Situation Start!Vol.8"
Robocop Kraus Japan tour!OSAKA

Robocop Kraus(fromドイツ)
come back my daughters
Beirut5
King Heroin

open 18:30/start 19:00

DLCカトマン氏企画のドイツのディスコーダンスバンドの招聘ツアー。
Beirut5大島君から誘いを受けて快諾。人生初の海外バンドのサポートアクト。
現在ピザオブデスで活躍するCOME BACK..はどういう経緯で決まったのか不明だが、当時は割とそういうの多かったようだ。リハ時にメンバーがなぜか積極的に話しかけてくれた。
その関係かピザリリース直後だったMOGA THE \5のエスカルゴ氏も来ていた。

正直、満員の客が求める音楽と全く違うアプローチをしなければならない自分たちは完全なアウェー状態であり、相当なプレッシャーがあったが、この日の経験でかなりの度胸は付いたと思う。
ドイツ語など当然話せるわけもなく英語ですらまともにコミュニケーションとれなかった。少し後悔。

気になって調べてみたところRobocopはまだ現役活動中のようだ。

→Robocop Kraus Myspace

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ieatme & R3-N7 企画 studio gig01
(11月30日土曜日)
場所:スタジオK(大阪本町)
チケット価格:前売り当日共に500円
OPEN/16:00 START/17:00

Atlas the Alone
ieatme
S41(和歌山)
R3-N7
KING HEROIN
After Forever(東京)


R3-N7ムロヤンとモリモリ(当時ieatme)が企画するイベントに出演。初のスタジオライブ。
当時のバンド内部の雰囲気とは裏腹に、あまり深く考えずとにかくライブを楽しめた。
自分らの演奏中にPAの人までツマミいじりながら激しく踊ってくれてたのが嬉しくて、今でも強く印象に残っている。
我流のダンスビートが冴えるスタジオライブって、かなり相性いいんだなあと思った。

R3-N7はタニヤンがDrになって間もなくだったかな?とてつもなくキチガイみたいなパフォーマンスだったことだけは覚えている(笑)


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「Tone Curve Vol.1」
2002.12.01 (Sun) @ 名古屋Club Daughter

King Heroin/
Black Two Licks/
Parkloam/
All Of The World/
Kotoris/
Asana


結成間もないころからネットで交流のあった名古屋のParkloamの、初の単独企画に招待してもらった。勿論バンド活動では初来名。その後もCspDで同イベントに再来することになるのだが、毎回観光気分であるのはなぜか。
超旨いミソカツを食って気合い入れて会場へ。
DJなんかもセットになった本格的なクラブイベントは初めてで、楽しかった。
実験的な新曲も初披露だったか。

当時の映像→Myspace

他のバンドは「うわー、演奏うまー!」って感想だったが、Parkloamは特別ミニマルで、大阪じゃまず見ない(というかまず出てこない)独特なアンサンブルで色んな意味で衝撃だった。
会場で女性DJがかけた曲が、日本ではブレーク直前だったTHE RAPTUREの「HOUSE OF JEALOUS LOVERS」だった。

House of Jealous Lovers


こんなにクラブ映えするロックバンドの曲は後にも先にもないだろう。
ParkloamのDr中井君からBIGBLACKのTARGETビデオを借してもらった。それから後のバンドでも色々お世話になることに。

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12/18 (wed) 大阪 難波 BEARS

open 18:30 / start 19:00
adv \1500 / door \2000

w/ 春爛漫, ひみつキング, Endless dismal moam


肝心の内容を全く覚えていないのだが、新曲を中心にやったらしい。
今思うとKingHeroinの目指していた方向性というのは、当時日本で根強かったカオティックとか札幌系とか激情エモーショナル系のシーンでもなく、USインディーフォロワーでもなく、
ベアーズ界隈の、泥臭くてひねくれたアヴァンギャルドなパンクだったんだと思う。

ちなみに今をときめくオシリペンペンズやあふりらんぽとかはKingHeroin解散直後くらいから精力的に活動するようになっていった。

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「YASAGURE」

2003 2/7(Fri)
難波ベアーズ

出演
current mirror (from 京都)
dis Q
estrella 20/20 (from 静岡)
King Heroin


初の自主企画であり、実質上のKingHeroin解散ライブとなったイベント。
フライヤー作りや配布やら、何もかもが初体験で結構大変だったが、DIYに始まりDIYに終わるというのはある意味KingHeroinらしいかも知れない。
ずっと共演したかったがなぜか縁の無かった京都のカレントミラーと、最も古いバンド仲間でありKingHeroinの運転手であり唯一の理解者である倉橋君のDisQ、
LESS THAN TVの要であり、その後にIdea of a jokeとして絶大な人気を誇ることになるモリカワアツシさん率いる静岡のestrella20/20を招待。
当日まで不安だったが、予想以上の客入りは素直に嬉しかった。
お客さんも出演者もみんな楽しめたと思う。
KingHeroin、イントロは珍しく即興演奏だったが不思議と息が合っていた。
ひたすらがむしゃらに演奏。開放感に満ち溢れていた。


estrella20/20 - アマチュア



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あとがき


あまりに短命であり突然の解散ということで少なからず惜しまれもしたし、レコーディングも途中で、色々な予定も野望もあったのだが、
なぜ解散という選択を取ったのかは自分も含めメンバーの誰もはっきり答えられないと思う。

次のバンドを始めた時も、自分はずっとこのバンドの過去を否定していたし、元メンバーからは自分の新しい活動を否定され続けていたし、だから振り返りたくもなかったのだが、

すべてが客観的に見れるようになってから、ようやく自分達がKingHeronとして活動してきたことや姿勢は間違ってなかったということに気づいた。



とにかくKingHeroinというバンドは、
ペコペコしたり媚売ったりなんかするのは大嫌いだったし、心にも無い様なお世辞言い合ったりして慣れ合うのも言語道断。
人と同じことをするのも、シーンやら流行に流されるのも、合せるのも最もカッコ悪いことだと思っていた。



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当時、インディーズで時を同じく活動していた、近いと思われがちだったシーンでいえば、
関西にはCREEP&カルマステンチ(現FLASH LIGHT EXPERIENCE)、DIG A HOLEなんかが活動的で、TIME BOMBや今は亡きIgnitionレコードなんかでプッシュされてたり、NAHTはじめ東京や他県から来たバンドと一緒にやっていた。
今MOGA THE \5でギター弾いてるYukke女史は当時ハロゲンランプというバンドで活動。

ここら辺の人たちとはバンドとしてタイバンとかの直接的な関わりこそ無かったがメンバーがバンドに加入しかけたり実は古くからの知り合い関係だったりとか、なにかしら前後につながる間接的な要素は多くあった。

2002年未明に札幌のthe carnival of dark splitというバンドのカンノ氏(exボーンスクラッチ)が急死して周囲は騒然となっていた。(後に大規模な追悼ライブをやっていた。)
元COWPERSのカズトモ氏と現動氏(現SPIRAL CHORD)とカンノ氏という奇跡的なメンツのF.I.Xは一度生で観たかった。

東京では、今ではほぼ伝説扱いになってるTHERE IS A LIGHT THAT NEVER GOES OUT(現Z)、KULARAなんかもまだまだ活発に動いていた。
(この辺のバンドが解散したときには揃って「聴きすぎ症候群」とか皮肉めいたことを言われていた)
ENGINE DOWNの東京公演はTIALTNGOに54-71という組み合わせで客席には当時NUMBERGIRLの向井氏がいたりとか面白かった。
「ZAZEN BOYS」という呼称も54-71と向井氏のHALコラボ単発プロジェクトの名前にすぎなかった。


NINE DAYS WONDERは来日もしたNO KNIFEとスプリット出したりエモ〜NW間をさまよっていたような時期だった。
ちなみに我々が出演した「響鳴」で当時peleとスプリットとか出してた頃のtoeとも共演したりしていた。

downyやlostageやASMEIASもnemoもbaloonsも200mphも既に活動していた。
CATUNEに入り後にCspDで共演するJSEこと現MIRRORもまだ前身バンドだった時期で、Bassマサシ君はファンジンのため当時シーンに影響力絶大だったQ AND NOT Uにインタビューとかしていた。(その直後に来日。)


当時の自分のフェイバリットソング

Pinback - Tripoli

No Knife - The Red Bedroom

Death Cab For Cutie - Photobooth

Elliott - calm americans

Jawbreaker - Jet Black

Modest Mouse - Life Like Weed

Husker Du - Never Talking To You Again

eastern youth - 雨曝しなら濡れるがいいさ

Mission of Burma - Academy Fight Song


何故かバンドのスタイルに反してメロウな曲ばっかりだ・・。
| LIVE | 23:20 | TB:0 | Comment:0
ボンゾ

mixiプロフィール用ページをWikipediaバリに無駄に詳しくしてみました。
興味のある人はご覧ください。



ここ近年のTVCMの採用楽曲センスにはほとほとしてたのだが、
オダギリジョー出演のTOYOTAのISTのCMはいいと思う。


KING CRIMSONのEASY MONEYなんて誰が思いついて採用したんだ?相当センスいいぞ。
リアルタイムで聴いてたおっさんはともかく、あのCM見て「なんだこの曲は!?」ってインパクトと同時に興味持った若い人も実際多いらしい。
さらにそれが何十年も前の曲だと知ったらひっくり返るんじゃないか?


昨日たまたま目にした深夜のBS2で放送している
黄金の洋楽ライブなる番組で、
あろうことか伊藤政則氏によるオーガナイズで
60年代JAZZROCK特集をしていて、その映像に度肝抜かれました。

バディ・ガイとクラプトンの二大ギター巨頭のセッションやら
ローランドカーク(盲目の三楽器同時演奏者)のパフォーマンス、

セイソク氏が言うには、そのセッションに本当はジミヘンドリックスも参加する予定だったらしいが飛行機が間に合わなかったらしい。
実現してたらえらいことになってた。

ジミヘンの凄さって自分も学生時代とかの若い頃は全く理解できなかった。しかしそれに気付いたら音楽人生120%くらい得したと思って過言ではないと思う。

最後はレッドツェッペリンの60年代のライブ映像だった。当たり前のように凄い。ペイジがとかジョンボーナムがとかじゃなくてバンドマジックだあれは。


そんなZEPが一夜限りの再結成だと。


昔勤めてた中古ショップを辞める時、まとめて安値で買い取った大量のブートCD音源を引っ張り出す時が来たか。
| blog | 22:55 | TB:0 | Comment:0
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