リコッタCD発売記念&ラストライブ@難波BEARS
リコッタ / NAZZI / jenny on the planet / あらかじめ決められた恋人たちへ /
リコッタという、自分が直接関わった(二代目ギタリストとして)バンドのレコ発&解散ライブと聞き、さらに桃幸(リコメンバ)の二人に誘われそれは義務のように駆られ帰国後初となるライブハウスへ迷うことなく向かった。
渋滞が続き、急ぎ足で向かった会場の難波BEARSに着いたのはOPENを回った7時半だったが、運良くちょうどjenny on the planetがはじまったときだった。
懐かしいライブハウスの匂い、というかベアーズの匂い。
色んなバンドのライブを見るたびに色んなことを思うのだが、この日は普段に増してそれが多かった気がする。
jenny on the planetは初めて見たバンドだったが、男女ボーカル&ツインギタートリオという編成で、自分が忘れかけていたような、一音一音を大事に奏でるバンドだった。
純粋に「良いバンドだなあ」と聴き入ってしまった。
(屈折率@BEARSでタイバンしたSARRYについて同じように思った。
リコッタって周りに良いバンドをひきつける力があるんだなーと。
そして会場に居た桃と幸に声をかけて楽屋でO-CATの某格安ファンシーショップで急ぎ足で買ったお土産を渡した。なんだか予想以上に喜んで頂いて、大した投資をしてない自分を申し訳なく思ってしまった。
NAAZIもCorydorasだったかリコッタに所属していたとき何度かタイバンしたのだが、なんか、そのときとはずいぶん違った印象を受けた。というかギターやシンセの音がダイレクトに体に響いてくる、そんな感じだった。この感覚はある意味フォークのそれに近いかもと思ったが総体的にジャンルでは言い表せない雰囲気を醸し出していた。
そしておなじみのあらかじめさん、昔から個人的に大ファンだし、CspD時代から見てきてリコッタで自分が最後の日のライブで共演したのがあらかじめさんだった。裏ではPAをやってもらったり色んなとこでお世話になっている。
今日も池永さんはハイテンションで始まって関西屈指(?)のダブトラックに絡むピアニカ(メロディカ)の音の洪水は心地よすぎてあっという間に終わった。
そしてリコッタ、始めは撮影係に徹していたが手が止まった。
自分が去ってから彼女たち二人で生み出した新しい楽曲たち、
自分も触れたことのある懐かしい楽曲たち、それら音と言葉が一体となって感傷的にひたすら胸を翳める。
こうやって音は続いていくのだ。
解散とはなんだろう。続いているのに。続いているのに。
「音楽は時を軽く越える。皿は旅をする」と言ったのは僕も桃さんも多大な影響を受けたIllbosstinoの言葉である。
フロアーに鳴り響く、たった二人が紡ぐ最小限の音に、
Corydoras sp Decadenceでタイバンしたとき客として初めてリコッタを見たのも最初がこのステージ、そして最後を飾るのもこの由緒あるベアーズのステージだという事実に単純に音は重ならなかった。それほど深化して彼女たちなりの音をちゃんと見つけ出していた。
一見そこの空間には誰も入り居る隙はなかった。
アンコールでは「クラスター」という、大和川レコードの亘君と桃さんが映像とコラボ形式でライブのみでやった曲をアレンジしてやってくれた。ある意味一瞬限りで未完成が売りだったクラスターの、完成された長編を見た気がした。嬉しい拾い物。幸ちゃんのベースアレンジも的確にツボを押さえていた。
(myspaceで聴けます)
色々物思いに耽るままライブイベントは幕を閉じた。
終わりについては人それぞれ色々意見があると思うけど
最初も最後もスマートに。ある意味リコッタらしい終わり方だったかも知れない。
帰りに音源をもらって、リコメンバーとプラス二人の女性で打ち上げと称すにはあまりにも小さいが、会食をした。
その場所もあの「天下一品」。
昔僕がP-Shirtsのメンバーたちと身内だけで天一打ち上げをやった、その店のそのままの席に案内されたので心の中で笑ってしまった。
二度目の天一打ち上げだったが、帰国してからはじめて好きだった「こってりラーメン」を食べれたのでかなり感慨深いものがあった。
過去には初めて味を知りバイクでわざわざ通っていた数年間と、その後引っ越したマンションの目の前にあって数え切れないくらい食べたあの味が今では遠く遠くなっているのである。
・・スペインにはラーメンといえばインスタントしかなかった。
「ラーメンは人生の味である。」
話は戻るが、今後も聞き続けられるだろう作品が作れて満足だったろう。そして桃さんも書いていたが幸ちゃんに出会わなかったらここまで来れなかった、一緒にやれてよかったと。
口にはしなかったけど自分もそうだなあ、と思った。彼女たちと一緒に音楽を作って過ごした時間はかけがえのないものだったなあと。
短い間だったけど桃幸という才色あふれる二人と苦楽を共にしてきて、当時はバンドのみならず公私共に色々あったけど、最終的にこういう時期にこういう潔く、そして誰も傷つかない終わり方をして、、
それと余談だけどそのリコッタ最初のライブで共演したマザーフッドのヨウスケ君も会場に居てくれて、こうしてみんなと過去と現在に渡って同じ空間を共有できて、なんと、まあとても不思議な感じだが、良い日だったなと改めて思ったのである。
ちなみに当時のイベントと音源(CspD)↓
'04 2/20(fri)大阪難波BEARS
[motherhood企画] Ricotta, TORICO, Corydoras sp Decadence, motherhood
http://ourleggworks.net/cspd/CspD_LiveAtBears_040220.mp3
SCHWARTZI DUB (LiveAtBears'04 2/20) (4.6Mb)
ちなみにこのイベントは後に発売されたIndiesIssueという雑誌の記事にもなった・・!今手元にないので後日アップします。
話はまた戻るが、なんだか最近になってどこかの全く知らないバンドが自身のバンドのMyspaceで、影響源の欄にCorydoras sp Decadenceとか名前が書いてあったり、mixiのシステムで今でも聴き続けてくれている人が解ったりとか意外な人が知っていたりファンだったりとか再評価されているのを目の当たりにすると、やはり音楽は死なないんだなと再認識させられる。
あの時努力や費やした時間は決して無駄じゃなかったというか。
「けっ、俺はパンクだからそんな胡散クセェ話は関係ねぇぜ!カッコよければそれでいいんだよ!」
とか言っていた自分も、今もまだカッコつけて頑張って言っている人たちも、結局ずっと前から生き続けている音楽から影響を受けているわけで。
「詠み人死すともこの詩は生き続けてくれよ!」
と前出のラッパーの歌ったとおり、全ての文化は遺産となって残り、後世に渡って影響を与え続けるものであるということを証明したとこでこの長くたらしい文を締め括りたい。
散漫な文章の中でも何か読み取ってもらえれば幸いである。
帰ったら一月の屈折率のBEARSライブ以降、ずっと封印していたギターを取り出してまた弾いてみようと思う。やはり自分が帰る場所はそこなのだ。
ちなみに8月13日に誘われているdaaji企画のイベントでは何をやるか全く決めてない。ギターと自分だけは屈折率でも経験したが何をやってもいい反面すごく心細い。流れを自分ひとりで作らなければならないというのは長年複数としかやってこなかった人間にとっては至難である。しかし幸ちゃんも東京で一人でライブするらしいし、重い腰を上げてみるのもいいかと考えている。
またまた話は逸れるが東京にここしばらく憧れを失ってしまって、行く機会というか理由が中々なかったのだが出来た!
ついさっき雑誌で某着ぐるみブログタレントが行ってた目黒寄生虫館!笑
リコッタ / NAZZI / jenny on the planet / あらかじめ決められた恋人たちへ /
リコッタという、自分が直接関わった(二代目ギタリストとして)バンドのレコ発&解散ライブと聞き、さらに桃幸(リコメンバ)の二人に誘われそれは義務のように駆られ帰国後初となるライブハウスへ迷うことなく向かった。
渋滞が続き、急ぎ足で向かった会場の難波BEARSに着いたのはOPENを回った7時半だったが、運良くちょうどjenny on the planetがはじまったときだった。
懐かしいライブハウスの匂い、というかベアーズの匂い。
色んなバンドのライブを見るたびに色んなことを思うのだが、この日は普段に増してそれが多かった気がする。
jenny on the planetは初めて見たバンドだったが、男女ボーカル&ツインギタートリオという編成で、自分が忘れかけていたような、一音一音を大事に奏でるバンドだった。
純粋に「良いバンドだなあ」と聴き入ってしまった。
(屈折率@BEARSでタイバンしたSARRYについて同じように思った。
リコッタって周りに良いバンドをひきつける力があるんだなーと。
そして会場に居た桃と幸に声をかけて楽屋でO-CATの某格安ファンシーショップで急ぎ足で買ったお土産を渡した。なんだか予想以上に喜んで頂いて、大した投資をしてない自分を申し訳なく思ってしまった。
NAAZIもCorydorasだったかリコッタに所属していたとき何度かタイバンしたのだが、なんか、そのときとはずいぶん違った印象を受けた。というかギターやシンセの音がダイレクトに体に響いてくる、そんな感じだった。この感覚はある意味フォークのそれに近いかもと思ったが総体的にジャンルでは言い表せない雰囲気を醸し出していた。
そしておなじみのあらかじめさん、昔から個人的に大ファンだし、CspD時代から見てきてリコッタで自分が最後の日のライブで共演したのがあらかじめさんだった。裏ではPAをやってもらったり色んなとこでお世話になっている。
今日も池永さんはハイテンションで始まって関西屈指(?)のダブトラックに絡むピアニカ(メロディカ)の音の洪水は心地よすぎてあっという間に終わった。
そしてリコッタ、始めは撮影係に徹していたが手が止まった。
自分が去ってから彼女たち二人で生み出した新しい楽曲たち、
自分も触れたことのある懐かしい楽曲たち、それら音と言葉が一体となって感傷的にひたすら胸を翳める。
こうやって音は続いていくのだ。
解散とはなんだろう。続いているのに。続いているのに。
「音楽は時を軽く越える。皿は旅をする」と言ったのは僕も桃さんも多大な影響を受けたIllbosstinoの言葉である。
フロアーに鳴り響く、たった二人が紡ぐ最小限の音に、
Corydoras sp Decadenceでタイバンしたとき客として初めてリコッタを見たのも最初がこのステージ、そして最後を飾るのもこの由緒あるベアーズのステージだという事実に単純に音は重ならなかった。それほど深化して彼女たちなりの音をちゃんと見つけ出していた。
一見そこの空間には誰も入り居る隙はなかった。
アンコールでは「クラスター」という、大和川レコードの亘君と桃さんが映像とコラボ形式でライブのみでやった曲をアレンジしてやってくれた。ある意味一瞬限りで未完成が売りだったクラスターの、完成された長編を見た気がした。嬉しい拾い物。幸ちゃんのベースアレンジも的確にツボを押さえていた。
(myspaceで聴けます)
色々物思いに耽るままライブイベントは幕を閉じた。
終わりについては人それぞれ色々意見があると思うけど
最初も最後もスマートに。ある意味リコッタらしい終わり方だったかも知れない。
帰りに音源をもらって、リコメンバーとプラス二人の女性で打ち上げと称すにはあまりにも小さいが、会食をした。
その場所もあの「天下一品」。
昔僕がP-Shirtsのメンバーたちと身内だけで天一打ち上げをやった、その店のそのままの席に案内されたので心の中で笑ってしまった。
二度目の天一打ち上げだったが、帰国してからはじめて好きだった「こってりラーメン」を食べれたのでかなり感慨深いものがあった。
過去には初めて味を知りバイクでわざわざ通っていた数年間と、その後引っ越したマンションの目の前にあって数え切れないくらい食べたあの味が今では遠く遠くなっているのである。
・・スペインにはラーメンといえばインスタントしかなかった。
「ラーメンは人生の味である。」
話は戻るが、今後も聞き続けられるだろう作品が作れて満足だったろう。そして桃さんも書いていたが幸ちゃんに出会わなかったらここまで来れなかった、一緒にやれてよかったと。
口にはしなかったけど自分もそうだなあ、と思った。彼女たちと一緒に音楽を作って過ごした時間はかけがえのないものだったなあと。
短い間だったけど桃幸という才色あふれる二人と苦楽を共にしてきて、当時はバンドのみならず公私共に色々あったけど、最終的にこういう時期にこういう潔く、そして誰も傷つかない終わり方をして、、
それと余談だけどそのリコッタ最初のライブで共演したマザーフッドのヨウスケ君も会場に居てくれて、こうしてみんなと過去と現在に渡って同じ空間を共有できて、なんと、まあとても不思議な感じだが、良い日だったなと改めて思ったのである。
ちなみに当時のイベントと音源(CspD)↓
'04 2/20(fri)大阪難波BEARS
[motherhood企画] Ricotta, TORICO, Corydoras sp Decadence, motherhood
http://ourleggworks.net/cspd/CspD_LiveAtBears_040220.mp3
SCHWARTZI DUB (LiveAtBears'04 2/20) (4.6Mb)
ちなみにこのイベントは後に発売されたIndiesIssueという雑誌の記事にもなった・・!今手元にないので後日アップします。
話はまた戻るが、なんだか最近になってどこかの全く知らないバンドが自身のバンドのMyspaceで、影響源の欄にCorydoras sp Decadenceとか名前が書いてあったり、mixiのシステムで今でも聴き続けてくれている人が解ったりとか意外な人が知っていたりファンだったりとか再評価されているのを目の当たりにすると、やはり音楽は死なないんだなと再認識させられる。
あの時努力や費やした時間は決して無駄じゃなかったというか。
「けっ、俺はパンクだからそんな胡散クセェ話は関係ねぇぜ!カッコよければそれでいいんだよ!」
とか言っていた自分も、今もまだカッコつけて頑張って言っている人たちも、結局ずっと前から生き続けている音楽から影響を受けているわけで。
「詠み人死すともこの詩は生き続けてくれよ!」
と前出のラッパーの歌ったとおり、全ての文化は遺産となって残り、後世に渡って影響を与え続けるものであるということを証明したとこでこの長くたらしい文を締め括りたい。
散漫な文章の中でも何か読み取ってもらえれば幸いである。
帰ったら一月の屈折率のBEARSライブ以降、ずっと封印していたギターを取り出してまた弾いてみようと思う。やはり自分が帰る場所はそこなのだ。
ちなみに8月13日に誘われているdaaji企画のイベントでは何をやるか全く決めてない。ギターと自分だけは屈折率でも経験したが何をやってもいい反面すごく心細い。流れを自分ひとりで作らなければならないというのは長年複数としかやってこなかった人間にとっては至難である。しかし幸ちゃんも東京で一人でライブするらしいし、重い腰を上げてみるのもいいかと考えている。
またまた話は逸れるが東京にここしばらく憧れを失ってしまって、行く機会というか理由が中々なかったのだが出来た!
ついさっき雑誌で某着ぐるみブログタレントが行ってた目黒寄生虫館!笑
Comment
コメントする
この記事のトラックバックURL
http://ourlegg.blog56.fc2.com/tb.php/113-fcc0e4fc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
| HOME |