MC-COUMOLY & DJ-ADASEI 2008 1/26 @DNA
土曜はDNA。外は凍るくらい寒かったけど熱い夜だった。
ハコに来ていたギャルやギャル男風の奴らに、我らがCoumolyの言葉は伝わったんだろうか?
⇒o-recs Myspace
(試聴、ライブ映像追加!)
土曜はDNA。外は凍るくらい寒かったけど熱い夜だった。
ハコに来ていたギャルやギャル男風の奴らに、我らがCoumolyの言葉は伝わったんだろうか?
⇒o-recs Myspace
(試聴、ライブ映像追加!)
SHINGO西成も初見だったが熱かった。ラップよりMCの語りの方が長かったというのが何よりの証拠だろう。
ノリは違えど生き様を曝すと言う点では同じだ。
長いこと大阪に住んでいたから良く分かるが西成(釜ヶ崎)なんてゲットーそのものだ。
津山からTopOfGreenを求めてわざわざ一人で来た熱いラッパーがいたり、
コンビニ前でたまたま居合わせたNaturalRiddimのジュンヤ君と熱い語り合いになったり。
そりゃいつだって若い奴らが勘違いや行き過ぎを蔓延らすのは当たり前のことで、
だからって「若い奴が〜」とか一括りにするのは大きな間違いで、
そんな時代だってリアルタイムで疑問を感じている若者も少数ながら必ずいて、
そいつらが後の時代を築き上げてきたことを忘れてはならない。
そんな若い芽を可能性もろとも潰そうとするような人間も、
若いという特権だけを買い取り、売れるだけ売ったら後は使い捨てにする奴らと同じくらいに腐るほどいる。
THE HEAVYMANNERS LIVE & 秋本HEAVY武士インタビュー
そして自分も数年前までは欠かすことなく毎日ブログに独り言のように自分の意思主張を延々と書き綴っていた。
周りに賛同者がいるわけでもなく、自分の書いた文章にたまにレスポンスが返って来るとすれば否定的な意見だけで、ひたすら糠に釘を打っているような状態のままで。
パンクバンドを抜け新しいことをやり始めたときも、それまで一緒にやってきた奴らからはずっと批判され続けていた。完全に裏切り者扱いされていた。
面と向かって見当違いな文句も言われたし、実際に喧嘩にもなった。
匿名掲示板で実名を挙げられひたすら汚い言葉で貶されもした。どう考えても近い関係にあるとしか思えない書き込みに人間不信にもなった。
しかし数少ない理解者の存在と、自分を信じてやり抜いてきた。
今でも、間違ったことをやったとは思っていない。
レゲエもHIP-HOPもパンクもハードコアも本質的な原点は同じだ。
上のインタビューでHEAVY氏の言う「レゲエこそハードコアじゃなければならない」というのも必然だ。恐ろしいまでに一字一句同意してしまう。音がどうとか言う次元の話ではない。
しかしおそらく一年後にはそのレゲエが、過去にHIP-HOPやパンクがそうであったように
大衆に散々レイプされた挙句に「飽きた」という単純な理由でドブに捨てられることだろう。
だからこそ本質を訴えておかなければならない。
残った少数の為の受け皿を用意しておかないと。
ブーム自体は決して悪いことではない。
どんなことがきっかけでも、そこから深く掘り下げて行く奴は必ずいる。
例えば今なら携帯小説から純文学に手を伸ばすのだって、良いきっかけだ。
そこで気付くか留まったりするかは本人次第だ。
そんな人間が気付いた時に、現在進行形のものが終わってしまって絶望させてしまっては申し訳無いじゃないか。
糞みたいなインディーバブルの頃は周りがはしゃいでいるのを尻目に、ひたすら独りでレコードを漁り、本を読み続けていた。
その頃に出会った作品やアーティストたちは永遠に色褪せることは無いだろう。
バブルのぬるま湯に浸かったライブハウスの店長は天狗になり、名の無いバンドや動員の少ないアマチュアバンドの意向なんて聴く耳持たずで無視して、ノルマだけ押し付けて横暴な態度を取り、
音楽性も精神性の欠片も無いチャート上位のバンドにはひたすら媚を売り、
後に再評価を受けることになるかのバンド達も、キャパ千人の箱で10人に満たない客を前に全力で演奏をし、何もかも絶望的に見えたあの時代。
それから数年後の今では、
ポリシー無きふざけたライブハウス達はバンドブームの終焉とともに学生相手のコンパライブで金儲けするしか生き残る術が無くなりどんどん潰れて行き、
あの時たった数人の前で素晴らしい演奏していたバンドは今や軒並みソールドアウト…
当時アホのように売れていたバンドは一部を残し後は跡形も無く消え、元メンバーが音楽を続けているという話すら全く聞かない。
…現に時代が証明してるじゃないか。
そいつらにとって、そもそも金儲けや地位名誉の為の手段が”音楽”である必要なんて一つも無かったんだろう。
地方に居るからダメなんだと近くの都会に出て、
やっぱり東京じゃないとダメだと言い上京、
住んでみるとお金が無いからダメなんだと言って必死に仕事、
挙句に、忙しくて時間が無いからやっぱり出来ない。
気付いたらいい歳してたからもう夢を追うのは辞めよう…
そんな奴らだってどれだけ膨大にいるんだろうか。
何処に居ようが、どんな環境であろうと、やる奴はやるし、やらない奴はやらない。
ただそれだけのことだ。
何かと文句を付けてやらない奴は、その不満が満たされたところでまた別の文句を付けて結局やらないさ。
過去に前例が無いんだったら、新しく自分で作ればいいだろう。
そんなとこで怖気づくような奴らが音楽から一体何を学んだというのか。
ちょっとでも熱いことを言ったり語ったりすると、茶化されたりバカにされるような時代だ。
逆に外国人の方が純粋な意味で日本の熱い精神や文化を理解して尊敬している現状に、
当の本人たちが何の疑念も持たないのは全く皮肉めいた話だ。
こないだ、つい最近まで熱い思いを語っていた身近なバンドマンも「自分のバンドが自然消滅した」と嘆いていた。
結局のところ独りよがりでは何も出来ない。
自己満足で終わったり、中途半端なことをやるくらいなら、いっそ始めから何もやらない方がマシだ。
しかし自分だって、まさかこんなとこで同じ志を持ち共闘出来る奴らに
奇跡的に出会えるとは思っていなかった。
時間も忘れて明け方まで延々と語り合ったり、音楽の話だけで盛り上がったり、どんな無茶なスケジュールでも一緒にイベントに行ったりする人間と一緒にバンドが出来るなんてね。
自分が半年で20kg近くも痩せたのはバンドのおかげというのも、あながち間違いじゃないかも知れない。。
〜追記〜
29日未明、祖父が亡くなった。
83歳だった。

入院してからたった一度だけ見舞いに行ったときの写真。
元気だった。
それからたった数日後に逝ってしまった。
死顔も穏やかだった。
国語の教師なのに大酒飲みで無頼そのものの生き方で、
どれだけ自分が影響を受けたか分からない。
身近な人間の死は何度経験しても慣れない。
正直まだ実感が沸かない。
P.S
関係者の方々にはしばらくご迷惑をおかけします。申し訳ありません。
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